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福祉

2017年3月 3日 (金)

シビアな見方が現実なんだよなぁ

今朝朝イチで買い物を済まそうと近所のスーパーに行きました。
開店より早く着いたのですが、なんだか先に並んでいたおじちゃん・おばちゃんにあれこれ話しかけられ会話を楽しんでいました。

私の後ろに並んだご夫婦もいつしか参加をし、私に仕事は何をしているの?とかお子さんはどこかに預けて(あの~私をいくつだと思われたのですかcoldsweats01)お仕事されてるの?と聞かれたので自営で障害特性や脳機能改善のトレーナーをしている旨を話しました。

「私も現役時代は障害者全般を指導して来たのだけど…」

とにかく知的でも身体でも障害者は仕事を覚えられないし効率が悪くて指導が大変だった話をされていました。
障害者1名に健常の社員2名を付けていたけど5人分の手が掛るだけで、結局健常の社員にばかり負担が掛るブラック企業になって行ってしまったのだか。
辛くて辞めるのは仕事が出来る健常者だけで、原因になる障害者は辞めるどころか更に上の仕事と手取りを求めて来る始末。渋っていると親の会が大勢で押し寄せて人権侵害だのなんだのとバカみたいに騒いでくるのでエライ目にあったわ!pout

障害者の有無はともかく、何処までの事が出来るか限界を知らしめるのは本来福祉と企業が連携してやるべき事ですが、まだまだ縦割りから抜け出せておらず、負担が企業にだけ圧し掛かる現実はあります。
本人が望んでも限界の把握が苦手な障害者もいて、確かに難しい所はあるのでしょう。
だからこそ国のシステムとしてしっかり本人に弱点とチャレンジ点を把握させ 企業カウンセラーとの連携を持てるような社会を作っていかなければならないんです。

そのおばさんは何でも国や自治体にどうこう言うけれど、親がやれば良いのよ!周りの健常者にまで負担を掛ける様な事をさせるなんて!とお怒りでしたが

  1. 障害者年金だけでは生活が出来ない
  2. 親がやればと言うが障害の程度によっては親だけでどうにかなるものではない
  3. 社会全体で支えるのは当然の事で日本は先進国最下位の福祉後進国だ
  4. 自分達が収めた以上の年金を貰っている高齢者より将来を担う年代を支えない
    限り日本は衰退の一途を辿る
  5. 財源はキツイが国会議員や役に立たない不適切な教員を切る・大企業への減税
    を撤廃・富裕層の税率を上げ海外並みの寄付制度による控除を作れば良い
  6. 縦割り支援ではなく横の繋がりでもって幼少期から高齢期まで仕事を含めた支援
    を出来る様に考え方を改めれば良いだけだ
  7. 当事者の特性や限界についてのサポートを素人ばかりの企業に押し付けてる国が悪いsign03

親の負担を知らない素人だからそんなアホな上っ面な事が言えるんです、とまでhappy02
…おばさん 黙ってしまいましたが納得はしてないだろうなcoldsweats01

サポート体制がないから企業も本人も辛いんです。そこは両方が犠牲者です。
だって仕事を教えると言っても当事者の特性が分らずに指導が出来やしないんだから!
そこを忘れちゃダメな訳で。
特性を共通認識にして、どうやって指導したら本人が理解し易いかというのこそ企業カウンセラーの仕事でしょう!

ただし、これが身近に障害者がおらず家族の苦労を見て来なかった人たちの平均的な意見であることは確かなんですよね。
社会のバリアフリーって誰にとっても生きやすい環境のハズなんだけどなぁ。

2014年11月 4日 (火)

尊厳死とは…

最近アメリカで尊厳死を選び話題になった女性が家族に見守られ安らかに旅立ちました。

賛成派は彼女の主張を尊重・賞賛し、反対派は真っ向からの反対意見をぶつけています。
アメリカ在住のブロ友さんも記事にしていましたが、我が家でもチビと話し合いました。

その人らしく生きられるなら生きていた方が良いけれど、症状が重くなり限界を感じるなら死を選ぶのも人権を守る手段として有りではないか、という意見になりました。
特に今回は悪化することはあれ、好転することは絶対にないのだから。
命を軽んずるつもりも弄ぶつもりもありません。
痛みと苦しみがどれ程のものか、周りの人間には分らないものです。

実は大叔母が癌で亡くなっています。治療を一生懸命頑張っていました。
元々心臓が強い方ではありませんでしたが、ある日の夜中、いきなり発作が起き救急搬送されました。
病院で投薬を施そうとしましたが、余りの痛みに叔父に向かって

「痛い!もう殺してっ!!」

と叫んだのが最後、心臓発作を起こしそのまま帰らぬ人となりました。

そんな経験がある我が家としては、とても反対など出来ません。
反対派は命の期限を自分で決めるなんて神への冒涜だとか自殺と同じだとか宗教観も
あり認められないのでしょう。
でも、傍で常に痛み苦しみぬいている患者を看ている家族ならどうですか?
死ぬまで痛みに耐えよ、と言えますか?
そこまでさせるのが最善の策なのでしょうか?

自殺幇助に当るのではないか、と医者自身も手を貸すことに躊躇していますよね。
ただし本人と家族の同意があり、もうどうにもならない病状に限り認めても良い事にして欲しいのです。

但し今回のように期限を決めるのは…正直どうかと思います。
ご主人の誕生日が過ぎてから、が彼女にとっての愛情かつ目標だったのは分ります。
でも矛盾かもしれないけどギリギリまで頑張った上にして欲しい。
自然死にせよ尊厳死にせよ、家族は悲しみと喪失感から逃れられはしません。

もう一度尊厳死(本人の意思による)と安楽死(第三者の意思・判断による)について考えていく事が大切なのかもしれませんね。